遊学の森トラスト

遊学の森トラスト in 安房鴨川

ローカルこそ時代の最先端―鴨川から

ローカルこそ時代の最先端―鴨川から
田中正治
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共同体を求めた68年世代の移住
鴨川自然王国は自然生態農場として、1981年設立された。創設者は藤本敏夫さん。彼は1960年代、反帝全学連委員長であった。歌手加藤登紀子さんと獄中結婚し、出獄後1976年、「大地を守る会」を設立するが、学生時代からの夢であった「共同体」を求めて、房総半島の山間部に移住。大田代集落の百姓衆を理事に迎えて農事組合法人・自然生態農場を設立した。
その理念は、農的価値を中心に農業、健康、教育、エネルギー、福祉等を包摂し、開かれた共同体だった。ニワトリ500羽、田んぼ4反分を経営。
1998年僕が移住し、事務局を担当した頃から、棚田トラスト、大豆畑トラスト、果樹園トラスト,帰農塾、T&T研究所などがプラスされ、毎月1回都市会員を迎えて、農作業イベントを開催していた。
http://www.k-sizenohkoku.com/index_top.html

2002年、藤本敏夫さんが肝臓ガンで死去。現在は藤本博正・歌手Yae夫妻が引き継ぎ、加藤登紀子さんがサポートしている。水田1ha,畑1ha、caféEn,子どもの王国などを経営し、毎月1回農作業イベントを開催している。
http://www.k-sizenohkoku.com/
http://www.k-sizenohkoku.com/cafe-en-4

別天地を求めて鴨川に移住してきた反体制活動家達は藤本敏夫さんだけではなかった。いわゆる68年世代10数名が、1970年代に入って移住していた。彼らの仕事は写真家、マクロビオティック料理人、和綿研究家、ミュージッシャン、陶芸家、ジャーナリスト、有機農業者、画家、パン職人等で、いまや一国一城の主となり、専門家として社会的影響を持つに至っている。田んぼや畑で稲や野菜を栽培しながら、自分の専門的な仕事をまっとうしている点で、半農半Xのはしりの人達といえよう。

1970年代に入って、68年世代の活動家達は赤軍派のように武装闘争に進んだグループ、内ゲバに生死をかけるグループ、三里塚闘争、ウーマンリブ・フェミニズム運動、反原発闘争、コンミューン運動、環境運動、有機農業運動など「新しい社会運動」に活路を見出そうとした人々に分岐していった。68年は社会運動のビッグバンであった。一方では、社会革命のために国家権力奪取を目指す武装闘争・軍事行動の出発点であり、他方では、「新しい社会運動」の出発点であった。

団塊ジュニア達の移住は半農半X
団塊の世代の活動家達が「革命」という“大きな物語”を夢見たのに対して、団塊ジュニアたちは、ベルリンの壁崩壊とソ連の崩壊の中に“大きな物語”の失敗を見た。バブル崩壊後社会に出たロストゼネレーションで、“小さな物語”が当然となった空気の中で育ってきた。鴨川に移住してきている若者達は、既成の価値観を信じず、自分なりの価値観をもっている。68年世代が社会思想で育ったとすれば、多くのジュニアたちはアートとロックミュージックで大人になった。
彼らは、当然にも大量生産―大量消費―大量廃棄の経済システムー経済成長の「夢」を全く信じていない。有名大学―有名企業―安定した年金生活の「夢」は過去の幻影に過ぎない。企業や労働組合や国家を信じようもなく「青春時代」を送ったのだ。だから自分と自分の家族、親しい友人の魂の連なりのみを信じているかのように見える。人間と自然が完全に相互依存している世界システムの中で、人間種の一員として生きているという意識が強い。また、私的日常生活と公的生活との乖離があった過去の運動とは異なり、日常がたたかいの場となっている。新しい意味がうみだされる体験の場としての日常生活。それは人と異なったラフスタイルを選ぶことが、社会を変える地下水となり、権力に対する対抗的自己権力を醸成することを意味する。

この社会では、お金―貨幣と商品を媒介して、人は他人との社会的関係を結ぶ。人間と人間との関係は、貨幣と商品との関係として現象する。「万能の神(貨幣)」が人間の脳髄を支配してしまっているかに見える。移住してきた若者達はその現実に対してどう対処しているのだろうか。2つの対抗策を見出しているようだ。

生き方としての半農半X
1つは半農半X的ライフスタイル、もうひとつは地域通貨だ。
”半農半X”が、若者達の間で静かに流行し、バブル崩壊以降の流れになっている。
”半農半X”の言い出しっぺ・塩見直紀さんによれば、”半農半X”とは、「一人一人が天の意に沿う持続可能な小さな暮らし(農的生活、シンプルな暮らし方、自給自足なくらし)をベースに天与の才(X=使命、ミッション、役割)を世のために活かし、社会的使命を実践、発信し、全うしていく生きかた」である。ちょっと重いかなという感じはするが、提唱者の心意気が伝わってくる。
http://www.satoyama.gr.jp

塩見直紀さんの姿を思い浮かべながら、僕の住んでいる千葉県・鴨川 の近場を見回してみても、結構そんな知人・友人の姿が見えてくる。
地域通貨・安房マネーの提唱者・林夫妻は、半農半アースアーティスト。アメリカ、アジア、ヨーロッパを旅した後、最終的に鴨川の古民家に移住。 現在、イラスト製作や農的生活の提案などを行なっている。NPO法人うず理事長で地域通貨・ 安房マネー運営委員。 
最近では講演依頼も多くなっているようだ。
http://www.awa.or.jp/home/awamoney  
http://www.awa.or.jp/home/oneness/

故・藤本敏夫さんと加藤登紀子さんの次女・Yaeさんは、半農半歌手。癒し系だった彼女は、3・11以降脱原発の運動に積極的にコミットしている。Yaeさんと結婚した博正君は、半農半麻の途上だ。彼は「今こそ医療大麻だ、福島原発が収束する様子もない現在、最も懸念されるのが、人々の健康だろう。白血病、各種がんなど、何年後かには多発するのは、チェルノブイリのデータからも明らか。そんな中、米国立がんセンターがマリファナ成分が、がんに対する薬効があることを正式に認めた」という。1haの水田と1haの畑を耕作・管理している。
http://www.k-sizenohkoku.com/tt_top.html 

ご近所の杉山さんは、半農半陶芸家。1ha(3000坪)の水田を管理運営しながら、登り窯を持つ芸術家。といっても最近は陶芸家か百姓かわからなくなってきたよという。
工房や登り窯、宿泊所やcaféを手作り。移住者の住居の斡旋もしている。
http://www7.ocn.ne.jp/~sasaya/kamamoto.html 

ヘジナウドさんとさとみ夫妻は、半農半ジャーナリスト。ヘジナウドさんは日系ブラジル人で有機専業農家志望で養蜂家でもある。さとみさんはブラジルからの情報と日本からの情報を相互に発信している。長年ブラジルのスラムの人達を支援していた縁でジャーリストとして仕事をしている。最近家を新築し、馬も飼っている。
http://globalpeace.jp/  

桑原さんは、半農半養蜂家。5年ほど前に移住してきた頃は、IT系の社員だったが、自然豊な環境とのギャップを感じたのか退職。蜜蜂に出会い養蜂家に。輸入蜂蜜が市場を独占する中で、里山の天然蜂蜜を提供している。サーファーなので海の近くに引っ越した。

ごくごく近所のクリスとエリ夫妻は、半農半翻訳家と半農半ベリーダンサー。
クリスはメカに強く太陽光発電を手作りして、PCなどのエネルギー自給を楽しんでいる。また独自のOSを開発したりもする。エリちゃんは好きで始めたベリーダンスが本業になり、教室を開き、人気を呼んでいる。
http://elli.harrington.jp/

近くの山の中にベースを持っているアートガーデン・コヅカの主催は画家の宮下さん。彼は半農半アーティスト。パートナーはパン職人。南房総、金束地区、アートガーデン・コヅカの自然を活かした「人と自然をつなぐ」ワークショップを開催している。アート、 ネイチャー、音楽、フード、里山整備など、その内容は多岐にわたるが、参加する人が自分のリズムで自然と向きあう嗜好だ。
http://ag-kozuka.net/index_workshop.htm

毎年8月の1週間“人と地域と自然をつなぐアートの祭典”を開催。楽しいイベントだった。
http://ag-kozuka.net/

最近「鴨川九条の会」を立ち上げた今西さんは、半農半活動家?。長らく半農半畜産労働者だったが、本当に自分のやりたいことを探すと退職。仲間と「里山お助け隊」を立ち上げた。老人が多い里山での困りごとを解決する仕事をしている。3・11以降は脱原発の行動に忙しく活動家になりつつある。

僕のパートナー・阿部さんは、ネットワーク農縁と新庄水田トラスト事務局担当で、遺伝子組み換えNO!お米の産消提携を進めている半農半コーディネーター。
http://www.nurs.or.jp/~suiden/ 
 
僕は遊学の森トラストとコミュニティートレードの代表で、半農半ネットワーカーというところか。
http://yuugakunomori.hp.infoseek.co.jp/ 

それぞれ皆、何がしかの田んぼや畑を借り、耕している。顔の見える信頼のネットワークを作って、市場経済の主流とは別にバイパスを作る、そのバイパスに自分の商品を提供する、お金は後からついてくるという流れの中でサバイバルな生活を送っている。

もう一つの豊かさ、もう一つの生きかたを、人々は摸索しているように見える。大量物質主義、マネー支配・競争社会にうんざりした若者達の中から、半農半Xの地下水がほとばしり始めている。人々の確かな連なり、お互いの助け合い、信頼のネットワークを求めて。
でも、農山漁村にくればHappy!というものでもない。工業型の価値観の転換、X=自分独自の価値観と夢、それに生きる技術とネットワークを持ってくることが、おもしろい人たちと連なるポイントだ。農山村は、創造的価値とユニークな人間と事業の協同をベースにした、斬新な文化コミュニティー創造の場でありたい。”半農半X”が、そのキーワードのひとつになっている。

サバイバル相互扶助システムとしての地域通貨
現在の体制的価値を拒否する若者をひきつけるコミュニケーション的経済ツールの一つが、地域通貨だ。地域通貨は任意の「通貨」で、財やサービスを交換する。会員間の通帳型と開かれた「紙幣型」がある。交換レートは自主的に決定出来る。利子はつかない。国家通貨とは交換できない。世界で数千箇所で用いられている。経済が崩壊したアルゼンティンでは、2000年代前半、600万人が参加していた。地域通貨は経済システムが崩壊し、物質的飢餓状態が蔓延した場合のサバイバル交換システムだった。先進国では今のところ、物質的飢餓のサバイバルというよりは、精神的飢餓へのサバイバル経済システム・連帯のコミュニケーション経済システムという要素が強い。個性的な個人、NPO,NGO、Workers Collective、Coop、個人事業体などの地域通貨への参加が増えると、アイテムが豊かになる。交換会のイベントが企画されれば、お互い盛り上がることも出来る。市場至上主義経済が、貧富の格差を拡大する中で、対抗策として、この連帯通貨・地域通貨で生活出来る部分を徐々に拡大しながら、人間の連帯と心の豊かさを充実させていきたいものだ。
http://www.geocities.co.jp/HeartLand-Cosmos/3702/ 
http://www.cc-pr.net/list/  

鴨川、三芳、館山など安房地域で2002年「地域通貨・安房マネー」が立ち上がった。
言いだしっぺは、1999年に鴨川移住した林夫妻(当時30才)。彼らはアジアとヨーロッパに自分探しの旅に出、最終的に鴨川に到着したが、その時持ち金は底をついていた。赤ちゃんをあばら家で産んだ彼らは、サバイバルのために地域通貨を立ち上げた。現金なしでの協力関係がほしかったのだ。
現在、安房マネーの参加者は約180家族(350人くらい)。メーリングリストを中心に情報交換をしている。要らなくなった子供服、買い替えで要らなくなった中古車、JR駅までの送迎、雑木林の手入れ、田んぼの耕起、caféでの一部支払い、整体治療、大工仕事、米、醤油、味噌、食用油、塩などの一部支払い(円との併用)など、何でもありの交換で、交換価格は、相対で決定してよい。でも、実際最も役立っているのは、イベントなどの情報発信のようだ。会員が自分の事業内容や情報を流し、イベントを盛り上げるのに使われている。移住して知人がいない人が地域通貨に参加すると、友人を作るチャンスは増え、孤立状態からの脱出は容易になる。
http://awamoney.net/

安房マネーは通帳型を採用していて、お互いに取引を通帳に記載する。通常、通帳型では6ヶ月に1回くらい、会員は事務局に取引状況を報告するが、安房マネーでは報告は義務ではない。会員の相互信頼関係があれば、どうやら極端なルール違反は行われないようだ。

金融恐慌や国家財政破綻の連鎖が世界で起これば、ドルという世界基軸通貨が力を失い無基軸通貨時代に入るだろう。各国は自国通貨を共通通貨とした地域通貨時代に入るかもしれない。だが地域通貨が国家貨幣に取って代わることはない。地域通貨が再度復興する時、地域通貨の理念が再度問われるに違いない。単なる商品のクーポン券のような地域通貨なのか、新たな地域コミュニティー相互扶助再興の核となる地域通貨なのか。自国共通通貨との関係をどうするのか、といったことが。

派生したグループ
awanova
地域通貨・安房マネーから派生して、いくつかの独立グループを会員自らが立ちあげている。使っていない食品加工場を借りた女性3人が、オーガニック・コミュニティーマーケット&カフェ「awanova」を毎月1回新月の日に開店している。2010年に安房マネーの仲間が手伝って内装や外装をととのえ、あっという間におしゃれなお店にした。安心安全な食品の量り売りや会員が手作りのお菓子やパン、野菜の苗や有機食品、コーヒー店やランチなどを出店する。皆思い思いの時間に来て、雑談や議論に花を咲かしている。安房マネーが使えるcafé&サロンのようなものである。最近はご近所のおばさん達もなじみ客になっている。
http://awanova.jugem.jp/

里山お助け隊
2009年、里山の資源を活用しよう、地域の独居老人などへの援助をしようと始まったのが「里山お助け隊」。高齢になると家の中の片付けや庭の草刈や裏山の伐採もままならなくなる。従来ならボランティア活動だったことを、仕事としてやっている。時給は¥1000。コミュニティーが抱えている問題を解決するための社会的起業といったところだ。専門技術を持たずに移住してきた人には魅力的な仕事になり始めている。

NPOうず
NPOうずでは理事長の林良樹さんが中心となって、鴨川地球生活楽校を毎月1回開催している。5月は「フードフォーレスト」(食べられる森)がテーマで、まずは「キッチンガーデン」。庭先で多品種の野菜を育てると同時に土を育て、庭で森の多様性を再現する。
6月は、「トイレ革命」がテーマ。コンポストトイレでうんこやおしっこをし、その資源をコンポストステーションに1年入れ発酵させ、もう1年じっくり寝かせて堆肥にする。その肥料を畑にまき、肥沃な土をつくり、野菜や果樹を育て、その実りを収穫し、食べる。
7月は「水」がテーマで、コンポストステーションの屋根に雨樋を付け、雨水タンクを設置し、雨水利用をすることと母屋の裏にある井戸を復活させ、スローサンドフィルターを通して自然浄化し、飲み水を自給するシステムを作った。
9月のテーマは「太陽光発電装置づくり」だ。その後、太陽熱温水器作りも計画している。
「ハイパー消費社会を生きる現代人は今、「消費者」から地球に生きる「生活者」へとシフトする時を迎えている。目に見えない巨大なシステムから送られて来るライフラインで命を支える暮らしから、目に見える手の届くライフラインを地域や自分たちで確保する暮らしへと。生きることがどんどん自分たちの手で創り出されて行くと、不思議と精神も自由になって行くように感じられる。」と林良樹さんは言う。
http://awanoniji.wordpress.com/2012/08/

地元の人達との関係の結び方
大山千枚田
では移住者達は、地元の人達とどのような関係を結んできたのだろうか。
鴨川の山間部に「大山千枚田」がある。全国棚田百選に選ばれた美しい棚田で、秋の「棚田の夜祭り」の時には都市から数千名が押し寄せる。この大山千枚田の理事長・石田三示さんは藤本敏夫さんが設立した鴨川自然王国当初の若手理事(畜産農家)で、斬新な発想を持ち込んだ藤本さんに強い影響を受けた。彼は行政中心で運営されていた「大山千枚田」にも新風を吹き込んだ。棚田オーナーという従来の仕組みだけでなく、独自の大豆畑トラスト、棚田トラスト、酒造りオーナー制、綿藍トラスト、家作り体験塾、棚田の夜祭等人気企画をヒットさせている。
http://www.senmaida.com/

釜沼地区の長老
大山千枚田の近くに釜沼地区がある。ここは限界集落で、現在60・70・80歳代の人達がほとんどだ。13年前林夫妻(当時30歳代前半)が古民家に居を構えた時には、オームか?と疑われたそうだが、今は村の仕事をしっかりやっていて信用を得ている。特に4人の長老からの信頼は絶大で、都会から若者を移住させてくれ、色々面倒見るよといっている。長老達は、貨幣経済がほとんど影響なく自給自足していた戦前世代のせいか、貨幣を越えた人間的関係をごく自然に受け入れる。一方若い移住者達は、都会での物質主義と金金金の価値観にうんざりしているので、お互い結構気が合っているようだ。林良樹さんは数期に渡って地域の組長を任されている。
http://awanoniji.wordpress.com/

産業廃棄物最終処分所建設計画反対
僕たち夫婦が終の棲家を見つけた2004年、1000m離れた加茂川の源流に産業廃棄物最終処分所建設計画が持ち上がっていた。大気と川の汚染は避けられないと僕たちは反対の旗色を鮮明にした。すでに地元集落では団塊世代を中心に「ふるさとを愛する会」が結成され、反対署名運動が繰り広げられていた。産廃計画説明会が行われた時、地元の人達と一緒に移住者達は全面に立って反対し、あわや反対決議に持ち込む寸前まで盛り上がった。その後、地元の人達と移住者達は、水質検査や予定地の監視をしたりして圧力をかけ、計画を頓挫させた。表面的なお付き合いではなく、行動での信頼を積み重ねることの大切さを感じた。
http://www.city.kamogawa.chiba.jp/VOICES/CGI/voiweb.exe?ACT=203&KENSAKU=0&SORT=0&KTYP=2,3&KGTP=1,2&TITL_SUBT=%8B%8C%8A%9B%90%EC%8Es%81@%95%BD%90%AC%82P%82U%94N%91%E6%81@%82R%89%F1%92%E8%97%E1%89%EF%81%7C09%8C%8E14%93%FA-03%8D%86&HUID=50691&KGNO=&FINO=461&HATSUGENMODE=0&HYOUJIMODE=0&STYLE=0

平塚活性化協議会
2009年、地元の団塊世代を中心に「平塚活性化協議会」が結成された。移住者にも参加が呼びかけられ、僕の地域の移住者達も参加。米、小麦、蕎麦の生産販売、朝市、収穫祭、蕎麦打ちイベント、ミカン狩り体験等で、地元のじいちゃん・ばあちゃん達と一緒に作業している。イベントでは移住者達のアイディアが取り入れられ始めてている。
http://www.kamonavi.jp/ja/shisetsu/SPNG0042.html

巨大風力発電計画反対
2009年房総半島の南部,保田・岩井附近から鴨川にかけての地域・嶺岡隆起帯に、日本風力開発株式会社によって7基の巨大風力発電計画がもちあがった。そこは活断層地形(鴨川地溝)で,最も著しい断層地形・岩井断層も計画地にあり、120メートルもの構造物を建設することはあまりにも危険だった。 それに最大の問題は巨大風車が出す低周波振動で、これは、人間の神経や免疫やホルモンバランスを破壊するため、全国各地ですでに深刻な被害が発生していることだった。僕は以前から、低周波振動症候群と電磁波過敏症だったので一大事だった。移住者達がまず中心になってグループ「平久里・嶺岡の風力発電を考える会」(代表:加藤登紀子)を作り、地権者への説得を開始。地元住民への個別訪問と反対署名活動や集会を開いた。全国の反対運動とネットワークし、経済産業省に「南房総市(井野・荒川・平塚地区)に建設予定の風力発電所に対する林地開発の不許可を求める要望書」を提出。当初風量区発電に賛成していた地区の役員達も反対したりして反対署名が拡大。すでに契約の印鑑を押していた地権者も数名反対側に回ることで、建設計画を頓挫させた。移住者が先行馬となり、地元の人達がそれに乗るという連携プレーだった。
http://www.animismonline.com/2009/07/18/

大山村塾
2012年4月鴨川の山間部に「大山村塾」は発足した。塾長は高野 孟さん。
彼は「TheJournal」で書いている。「3・11以後、困った時には"お上"が何とかしてくれるのが当然で、それを待つしか生きる術はないという長年にわたる共同幻想は最終的に完膚無きまでに打ち砕かれた。そして、自分たちで何とかしよう──地域末端に生きる"下々"の者たちが、たとえささやかであっても自分らで事を起こして、何ほどかマシな世 の中を作るために動き始め なければならないという思考と行動の模索が、被災地はもとより全国各地で蠢き出している。「大山村塾」も、そのような全国的なトレンドの1つの現れと言えるだろう。」
http://www.the-journal.jp/contents/newsspiral/2012/04/post_830.html

講師は、結城登美雄(民俗研究家)、甲斐良治(農文協編集次長)、鳩山由紀夫(前総理)、河野太郎(自民党衆議院議員)といった人達。
http://www.the-journal.jp/contents/newsspiral/2012/04/post_831.html

座会では、映画『シェーナウの想い』上映会、「放射性残土は安房にいらない!」、「鴨川の農業を考える」といったテーマで、突っ込んだ討論を行う。
塾長の人脈で有名人の登場とあって、毎回100~200名の地元民の参加があり、ここでも移住者と地元の人達との新たな交流が生まれている。
九条の会
曽呂地区のおばちゃんたちの呼びかけで、2012年8月、鴨川にも九条の会が発足した。食べ物や水、空気からの内部被爆や福島第一原発4号機崩壊の心配など気の地が休まらない状態なのだが、東京での金曜首相官邸前抗議行動の影響は大きいようだ。設立集会には約30名が参加。映画「内部被爆を生き抜く」を上映し意見交換した。地元の人が20人、移住者が10人くらいの参加だった。原発問題でもこうして地元の人との接点が出来たのがうれしい。
http://www.naibuhibaku-ikinuku.com/ 

かつての農村共同体は、自給自足経済に基づいていた。1960年頃まで、農村共同体は生活に根付いていた。だが、1960年以降、機械化、農薬、化学肥料使用型農業の浸透は、貨幣経済を農村に蔓延させ、数年で自給自足経済は崩壊した。その結果、自給自足経済に基づいていた農村共同体は空洞化した。機械化された近代農業によって農村の若者たちは都市に流出し、個人として、労働者として資本に隷属させられた。終身雇用制、年功序列制、企業内労働組合という農村共同体をアレンジし、企業風土を利用した日本的経営によって、資本は高度経済成長を突っ走り、1992年バブルは破産した。その後、市場経済至上主義とカジノ資本主義は、格差社会とロストゼネレーションを生み出した。非物質的な労働の台頭と不安定労働への変化、家族関係の変容、非正規雇用の拡大、新しい貧困の増大がその背景にある。2008年のリーマンショックはカジノ経済の破産を証明し、3・11は市場経済至上主義と科学技術文明の破産を証明した。

都市と農山村のロストゼネレーション
この二つの破産に対して、ロスとゼネレーションが対抗する2つの姿が見える。1つは、現在のシステムから“一抜けた”と都市を脱出した若者。鴨川や全国に増えている人気のある新しい農山村コミュニティーやトランジションタウンへの脱出がそれだ。もうひとつは“素人の乱”のように、都市の中で“一抜けた”若者だ。成長なき時代に、こちらも新しいコミュニティーを自前で作ってしまおうというわけ。共通点は既存の価値観の革命であり、人間の関係性を変えることで“革命後の社会”を生きてしまおうとしているように見える。
http://awanova.jugem.jp/  
http://ag-kozuka.net/

前者はソフトな精神性の雰囲気があるが、後者はハードなエンターテイメントの雰囲気を漂わせている。3・11後“素人の乱”が呼びかけたデモは、従来とは全く異なった情報発信とコミュニケーションの方法を見せ、facebookとツイッターによって2万人の若者達が街頭に溢れた。この動きは、その後、別の若者達がよびかけた歴史的な「金曜首相官邸抗議行動」に影響を与えている。
http://www.youtube.com/watch?v=wPidzXrq4-s
http://www.chikumashobo.co.jp/special/binbouninnogyakushu/

組織の中の個人ではなく、自己実現と共同体的アイデンティティーへの渇望が人々との出会いを求め、そこで得られる同一な感覚、平等な感覚を求め、人々は行動に参加しているのではないだろうか。

二面作戦
どんなにすばらしいオルタナティブなコミュニティーを創りあげていたとしても、一瞬にして無にしてしまうことを、3・11は示した。例えば循環型コミュニティーを創造していた飯館村がそれだ。原発事故は一瞬にしてコミュニティーを破壊してしまった。だから私達には二面作戦で闘うことが必要になっている。一方で、襲ってくる国家権力や社会的権力による災禍に対するさまざまな対抗(抵抗)運動、と同時に他方で、創造的自己権力・自治、自由な空間、連帯経済、循環型コミュニティー形成などのよる対抗運動が不可欠ではないのか。その場合、創造的自己権力・自治、自由な空間、連帯経済、循環型コミュニティー形成などによる社会革命が目的で、その目的のためにこそ、襲ってくる国家権力や社会的権力による災禍を跳ねのけるのである。
http://www.iitate-madei.com/life02.html

ローカルの先端性と限界
グローバルに対してよくローカルが対置される。ローカルは確かに創造的自己権力・自治、自由な空間、連帯経済、循環型コミュニティーを形成する場合も、日常と直結した動きをつくりやすい。また、直接に顔の見える関係作りも容易だ。オルタナティブなエネルギー自給や福祉や教育にせよ、リアルにビジョンを描きやすい利点がある。風力発電や産業廃棄物の問題にしても、地域通貨やお助け隊やNPOうずの活動にしても、地域循環型社会のビジョンとの関係で、人々はスタンスを決めやすくなる。
事実、鴨川では小さなグループやネットワーク相互の絡みの中でローカルなコミュニティーを創造しようとしている。いわばアソシエーションネットワークを内包したローカルコミュニティーの創造だ。

だが他方では、そのローカルコミュニティーの有利さは同時に、その限界を内包している。内向きのローカル主義になりやすいようだ。
3・11は、ローカル主義的傾向の限界を考えざるをえなくさせた。放射性物質は自分達の所だけ素通りしてはくれない。原発事故のリスクはグローバルなのだ。資本のグローバル化は、リスクのグローバル化を引き寄せた。遺伝子組み換え食品のリスクももはやグローバルだ。貿易は垣根を崩し、いつどこでそのリスクが「爆発」するかわからない。また、リーマンショックには、カジノ的な金融のリスクがグローバルに広がることを誰もが感じたに違いない。
原子力工学、遺伝子工学、金融工学は、もはや人間が制御できない技術であることが証明された。
そしてグローバルなリスクは、同時に日常生活上のリスクでもある。原発事故は、どんな食べ物を食べればいいのか毎日人々を悩ませている。遺伝子組み換え食品は毎日の食べ物・大豆、トウモロコシやそれらが含まれる加工食品や食用油の中にひそかに大量に紛れ込んでいる。金融危機は収入の減少と共に、日々家計を直撃している。
こうして私達は、日常生活の中にグローバルなリスクを抱え込んだ時代に生きてしまっている。従って、ローカルに閉じこもることは、私達を「井の中の蛙」にしてしまうことになってしまうだろう。

グローバルなリスク社会で生きていくためには、創造的なローカル・コミュニティーの連合とグローバルな視野を持ったネットワークが必要だ。
トランジションタウン運動やパーマカルチャームーブメント、エコビレッジや国際有機農業運動にせよ、グローバルなネットワークとしてすでに行動している。鴨川ではこうしたグローバルな運動を視野に入れて、コミュニティーの創造にかかわっている若者が生まれている。

小規模分散的な循環型コミュニティーの夢
ショックドクトリン
ショックドクトリンは、大惨事につけ込んで実施される過激な市場原理主義改革といわれる。3・11後、福島県や宮城県での大資本と国家の動きはそれかもしれない。人々が茫然自失状態から自分を取り戻し、社会・生活を復興させる前に、過激なまでの市場原理主義を導入し、経済改革、利益追求、極端な国家改造に猛進する「惨事便乗型資本主義」による「ショック・ドクトリン」の遂行かもしれない。
http://cybervisionz.jugem.jp/?eid=59

ショックドクトリンに対抗されるべきは、地域レベルでは人々の直接参加による小規模分散型コミュニティーではないだろうか。エネルギーと工業、食と農林水産業、福祉と教育といった領域での新たなパラダイムによるコミュニティーの復興ではないだろうか。
新たなパラダイムとは、市場原理主義の対極にある。資本主義には経済成長(拡大再生産)が不可欠だ。なぜなら拡大再生産による剰余価値の取得が目的だから。その目的が実現されなければ資本主義経済は破産する。

連帯経済
新たなパラダイムは、拡大再生産による剰余価値の取得を目的とはしない。従って、経済成長至上主義ではない。人々の連帯に基づく社会的経済である。この経済は民衆が主役で且つ受益者であり、人間をその中心に置き且つ自然との物質循環を実現することを条件とする。決定や管理よりも対話や協働に基づき組織されるアソシエーション(協同的連合)である。
では、連帯経済にはどうした形態があるのか。個人事業や小規模事業、生産協同組合や消費協同組合、NPOやワーカーズコレクティブ、労働者自主管理企業や労働者持株会社、有機農業の産消提携や地域サポート農業、NPOバンクやマイクロクレジット、農業協同組合やエネルギー市民事業体、福祉事業体や相互フリースクール、相互扶助組織や社会的責任ある投資(SRI)やフェアトレードなどの形態がある。それらの形態の多くの特徴は、労働者や市民が直接資本を出資し事業を経営していることである。通常、株式会社は資本が労働を支配する。連帯経済では、逆に労働者や市民が資本を出資し、また労働することで、自ら資本をコントロールする。経済的利益は労働者や出資した市民に分配されたり、新規事業に投資される。株式会社であっても、労働者自主管理企業や労働者持株会社は労働による資本のコントロール形態であり連帯経済に含まれる。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%80%A3%E5%B8%AF%E7%B5%8C%E6%B8%88

脱経済成長の時代には、多元的経済が浮上するだろう。連帯経済は市場経済というよりも、「市場をともなった経済」であり、市場の本流ではないがバイパスだ。長期にわたって市場と対抗し、並存しながら市場を侵食するものと期待される。
連帯は自由な民衆の相互活動の結果であり、市場と競争至上主義の新自由主義に対抗する経済原理となりうる。連帯経済は環境問題を重視するのみならず、社会的、政治的側面と経済的側面との結びつきを常に重視する。そして、人間労働や知識や創造性、自発性を評価することを中心に置く。

省エネ発電と太陽エネルギー発電
3・11東日本大震災意向のエネルギー政策の根幹には、省エネルギーと太陽エネルギー発電がおかれるべきだろう。省エネルギーに関しては、原発を廃炉に追い込んだ市民達が参加するアメリカ・サクラメント市の省エネ発電所(SMUD)がひとつのモデルになる。
http://shin-yo-sha.cocolog-nifty.com/blog/2011/07/post-69d6.html

他方では、太陽光発電、小型風力発電、バイオマス発電、小型水力発電などが考えられるが、それらは全て太陽エネルギーの形態転換に過ぎず、市民の連帯に基づく協同事業としてそれらを想定すれば、その規模や性格は小規模で参加型にならざるを得ない。人間と自然の環境への負荷を最小限にとどめることが原則だ。従って現在、大資本が企画する、人間と自然環境への負荷よりも利潤中心型のメガソーラー発電、大型水力発電、巨大風力発電根本的に異なる。
地球に降り注ぐ太陽エネルギーは、石油とちがって集中型ではない。まんべんなく広く降り注いでくれる分散型エネルギーだ。従って、集中型の大量生産、大量消費、大量廃棄型の現代文明にはそぐわない。大型化、平準化、集中化といった発想そのものが太陽エネルギー依存システムによって拒否されるだろう。同時に大型化、平準化、集中化といった発想を否定することが、太陽エネルギー依存システム、地域循環型経済を構築する前提ともなる。

1990年代ソ連の崩壊によって、ソ連依存型社会崩壊の危機に直面したキューバは、サバイバルのために大転換をした。石油に依存せず、「国民皆農」とでもいえる有機農業への転換、自然医療をベースにした先進国並みの医療福祉大国、石油不足に対応するバイオマス、水力、ソーラー、風力といった再生可能エネルギーへの転換。最大の再生エネルギー源として重視されているのは、バイオマスでサトウキビが中心。国内155の精糖工場のうち、104は完全にバガスで稼動。国内のエネルギーの30%、石油換算で400万トン近くを賄っている。
このキューバ歩んでいる道は、途上国のみならず先進国でのモデルのひとつになりうるのではないだろうか。もっともキューバのプロジェクトは国家主導型なので、そのまま鵜呑みにすることは出来ないだろう。特に先進国の場合は、市民主導の参加型プロジェクトが先行することがのぞましい。なぜなら国家主導型の場合巨大企業との癒着による巨大企業利益優先型プロジェクトになり、住民の利益や循環型システムは、大抵の場合ないがしろにされるからだ。

日本は森林が国土の65%をしめ、草木の再生エネルギーはすごく、バイオマス発電に適している。また、中山間部が半分以上占めているため、小水力発電の条件にも恵まれている。全般に日照時間が長く、技術力から言っても太陽光発電は容易である。
従って3・11以降、これらのエネルギー開発を軸に、食料、福祉、教育を関連させて、全国でさまざまな地方自治体が動き始めているようだ。
特にエネルギー関連の動きは先行している。土地改良区で田んぼの用水を利用した小水力発電、(静岡県・大井川用水地区伊太発電所)、自治会による太陽光発電(兵庫県丹波市春日町国領・山王自治会太陽光発電所)、農家のための農地発電(山梨県北杜市・淺川初男さん)、市民出資によるエネルギー地産地消(飯田市「おひさま進歩」の太陽光発電)、東近江モデルによる市民協同太陽光発電所、NPO北海道グリーンファンドによる風力発電、「水の町都留」の市民参加型水力発電、と枚挙に暇がない。

これらのプロジェクトは、地方自治体主導型と地域住民主導型に区分できそうだ。地方方自治体主導の場合は、独創的な首長や職員が、疲弊する地域のサバイバルのために思い切った構想を実現している場合が多い。地域住民主導型の場合もIターンやUターンで独創的なアイディアをひねり出した人が、仲間と共同出資をしてプロジェクトを立ち上げたりしている。3・11はこうした動きを加速させた。国家や巨大企業に任せておいたら、本当にえらいことになると肌で感じてしまったのだろう。
3・11以降、エネルギー開発を軸に、食料、福祉、教育を自分達が住む地域で、住民自らが雁首を集めて考え、プロジェクトを企画し、実行しなければならない時代が来たと実感させられている。
サバイバルをオルタナティブな方法で!という時代なのだ。
こうした動きが地域の循環型経済のみならず、協同の文化を創造し、参加型の地方自治を実現していく政治家を輩出する基礎の一つになるように思われる。

バイオ工業
脱原発、脱石油経済が今や至上命題だが、その代替は太陽エネルギー経済にしたいものだ。例えば工業に関しては、バイオ(生物)工業が時代の要請となるだろう。多様な用途を持つバイオプラスティックやバイオビニールやバイオエネルギーが、それである。石油と同じ物質・エチレンを植物は持っているので、石油製品であるプラスティックやビニールは植物から生産可能とされている。
草木などバイオ資源の活用は、脱原発、脱石油の切り札のひとつとなりうる。森林組合やJA(農業協同組合)が事業化すれば、農林業を工業と結合させることが出来る。実際「アグリフューチャーじょうえつ」という企業は、バイオプラスティックやバイオビニールの生産を始めている。http://www.afj.jp/products/
「上越バイオマス循環協同組合」は、メタンガスを生ゴミや下水汚泥からつくり、燃料にしている。また、新潟のJA全農は、バイオエネルギーを生産・販売し始めた。
http://www.jbc.joemate.co.jp/

新潟のJA「全農」バイオエネルギーを生産・販売し始めた。減反田で多収穫米を栽培し、米からエタノールを生産。それをガソリンに混合しガソリンスタンドに販売している。
http://www.ine-ethanol.com/

ちなみにブラジルでは、随分前からエタノール100%の自動車が一般に走っているのだ。
http://www.brics-jp.com/brazil/car.html

石油は産業の血液といわれてきたが、バイオは太陽エネルギーと共に、今後、太陽エネルギー経済の血液になりうる。バイオプラスティック、バイオビニール、バイオエタノール・メタノールなどを協同組合や市民事業や社会的事業として展開すれば、工業領域で連帯経済の大きな要素になりうるのではないだろうか。

金融・財政危機と地域通貨
アメリカの相対的な弱体化は世界の基軸通貨を消滅させつつあるようだ。ドルに代わる基軸通貨がなくなれば、世界は統一の体系から分散の体系に移行せざるを得ないだろう。巨大企業が国家と人々の生活の隅々まで食い物にすれば、人々は相互扶助でサバイバルせざるを得ない。地域経済、地域コミュニティーの復興の時代だ。地域通貨はその復興の鍵のひとつとなるだろう。
https://www.youtube.com/watch?v=_9TIHjffYpA

1929年の世界恐慌では世界の統一性は崩壊し、アメリカでは3000もの地域通貨が生まれ、ヨーロッパでもWIRなど多くの地域通貨が注目された。もちろんそれらはドルやマルクといった国家通貨に代わるものではなかった。アメリカではニューディール政策(公共投資)と第二次大戦で経済が復興するや地域通貨は消えていった。ヨーロッパでもヒットラーのファシズム国家の登場による公共投資と戦争によって地域通貨は消えていった。
現在、アメリカ、ヨーロッパ、日本という先進国が金融危機と国家財政危機に直面している原因は構造的で解決のめどは立っていない。カジノ経済・信用資本主義の構造的危機で綱渡り状態が続いている。世界は統合力を失い、分散の力学が強く働いている。その結果、新しい地域の創造とそれらのネットワークの時代に入りつつあるようだ。2012年2月9日の朝日新聞は、フランスのツルーズで市当局とNPOが協同で地域通貨「ソルヴィオレット」を立ち上げたことを伝えている。ヨーロッパでは1000~2000の地域通貨があるそうだ。
ドルという世界基軸通貨が力を失い無基軸通貨時代に入るならば、各国は自国通貨を共通通貨とした地域通貨時代に入るかもしれない。江戸時代、日本は金銀銅という共通通貨の下に各藩や寺が独自な地域通貨を発行していた。金融恐慌や国家財政破綻の連鎖が世界で起これば、地域通貨は復興するだろう。
2001年末から2002年にかけて、国家財政が破綻し、失業率が18%に登り、経済破綻した国があった。アルゼンチン。当時、この国では国家通貨の信用は地に落ちた。金持ちは米ドルをかき集め生き延びようとしていた。庶民は米ドルなど高根の花。人々が生き延びようとして編み出した手段は2つだった。ひとつは地域通貨・RGT、もうひとつはブエノスアイレス州地域通貨・「パタゴン」だった。
http://www3.plala.or.jp/mig/thesis-jp.html

RGTは、NPO・PAR(地域自治プログラム)が1995年に開始していた。約500のノード(地域通貨内各グループ)の緩やかなネットワークだった。相互扶助や地域自治のための物物交換から始まった。物々交換を通帳型の地域通貨に記載していた。最初の1年間は毎週土曜日の午後、地域通貨・交換リングの会員はさまざまな生産物を持ち寄り交換。穀物、果物、野菜、インスタント食品が主で、衣服、織物、手工芸品など。彼らは自分達のことを生産消費者と呼んだ。各人が生産したちょっとしたものをお互いに交換し、サバイバルしようとしたのだ。

歯科医がパンと引き換えに歯の治療をしてから、サービスの幅が広がった。絵画、レンガ工事、電気工事、水道工事など修理サービスに広がった。交換バザーと同時に集会も週1回開かれた。市場経済から排除されている人達の自立や起業を相互援助したり、取引を公開した。交換価格は相対でなく、地域通貨内の協議で決定していた。原則と運用ルールは統一的に決定されるが、その他はノード(地域通貨内各グループ)で自由に決定した。
会員が拡大し、事業体が増えてくると通帳型から紙幣型へと転換した。事業体では紙幣型地域通貨が使いやすいからだった。紙幣型地域通貨は3種類だった。1つ目は、加入したノードでしか使えないもの、2つ目はいくつかの地域で使えるもの、3つ目は全国で使えるもの。PAR(地域自治プログラム)によって発行・管理された。1999年―2000年頃には、年間約6億~8億ドル相当の取引があったといわれる。最盛期には約600万~700万人が参加した。しかし、紙幣型地域通貨の過度な発行やニセ紙幣の横行や制裁と管理のメカニズムの探求といった逸脱によって崩壊した。現在は約30万人が継続していると言われている。

RTGが掲げた原則の内いくつかをあげておこう。何を目指していたかがよくわかる。
1、 人間としての我々の実現は、貨幣によって条件付けられる必要はない。
2、 我々の目的は、商品やサービスの販売促進ではなく、労働や理解や公正な取引を通じてより高い意味での生活に到達すべく、相互扶助を行うことである。
3、 不毛な競争や投機を、人間間の相互関係にとって代わらせる事は可能であると、我々は信じている。
4、 我々の行為、生産物、サービスが、市場の要求や消費主義や短期利益の獲得以前に、道徳や環境の基準に応えるものであることを我々は信じる。
5、 RGTの会員になるための唯一の必要条件は、グループのミーティングに参加し、品質自助サークルの勧告に沿って財やサービスや知識の生産者かつ消費者になることである。
6、 各会員自身が、自分の行為や生産品、サービスに責任を持つ。

もうひとつの地域通貨はブエノスアイレス州発行の地域通貨・パタゴンだ。
ブエノスアイレス州は、アルゼンチン3700万人の40%が在住している。経済危機で税収が激減、州財政が破綻した。州政府は地域通貨「パタゴン」を発行し、15万人以上の地方公務員の賃金や出入り業者への支払いなどに当てた。住民は「パタゴン」を税金の支払い、市役所の手数料、高速道路料金(全額)、鉄道料金(全額)、電話料、水道料金(半額)に使用できた。地元の大手スーパーや地元商店の多くも「パタゴン」を受け入れた。
こうして、2000年代初頭の財政危機の間、アルゼンチンでは、NGO発行の地域通貨RGTとブエノスアイレス州政府発行の地域通貨「パタゴン」は庶民のサバイバルツールとして役立ったといわれている。

すでに世界は長期の構造的な金融危機、財政危機に陥っているようだ。このシステムによって生活を壊滅されないために、また相互扶助の関係を重層化し、生きやすい相互信頼の世界、資本の支配に対抗する世界を作るために、地域通貨の意味をもう一度考えてもいい時期なのではないだろうか。国家共通通貨・円、地方自治体発行の地域通貨、人々が自由に発行する地域通貨の三本たての中、地域通貨は地域循環型経済システムに照応した参加型で、柔軟性、多様性を持つことになるだろう。

所有からコラボ・シェアーへ
最近、コラボレーションという言葉をよく聞く。リアルなコミュニティーの内部や、インタネット上での結びつきを利用して、共同作業を行うことを意味している。
例えば、地域通貨やマイクロクレジット、産消提携や田畑トラスト、地域サポート農場や農産物直売所、エコジレッジやトランジションタウン、ワーカーズコレクティブや太陽光発電市民事業、ルームシェアーやコハウジング(協同住宅)がそれで、それらはトレンドになっているようだ。
これらの動きが活発になってきた背景は3つ考えられる。
1992年バブル崩壊後、市場経済至上主義が横行する中で、既成の組織や企業が社会的包摂力を失った結果、サバイバルするためには社会から排除された人達は他者と協力するしかなくなってきていること。
第二に、facebookなどインタネット上で他者とのバーチャルな社会的結びつきが容易になったこと。第三にインタネットの普及によって、企業は情報の囲い込みによる利益の取得(所有)が限界になり、コラボレーションや情報公開によるリースの提供による利益の取得に方向転換していることがあげられる。
工業化時代には工場での物質的労働による工場生産物の販売と所有が企業の考えの中心だった。だが、情報化時代では、非物質的労働・アイディア、知識、ノウハウによるコラボレーションやリースの方が重要になっている。

1960・70年代での共同体や協同組合、コンミューンは、ハードな組織の中の個人というイメージだったが、現在では個人のソフトなコラボレーションやネットワークに変貌している。成熟した資本主義のなかで個に分解し、孤立と孤独を散々味わった人々が、再び他者との共感、信頼、連帯を求めているが、それが組織というよりは共感・共鳴のネットワークではないだろうか。それがコラボレーション、シェアー、コミュニティーという言葉と共に再浮上しているのではないだろうか。

協働することが必ずしも個人を犠牲にすることではないことを身をもって体験し、楽しく自由にシェアーする人間的な行動が相互に促される。そこでは、所有に固守するのではなく、open、参加、協力によって他者との関係性が知らぬ間に変化する。
人々が自分の知識、技術、アイディア、資金、資源を出し合ったコラボレーション(協働)とシェアー(分かち合い・共有)が出来るだけ多く含まれるコミュニティー(地域)こそ、住みやすいと私は実感している。

大企業が資本の欲動によって、コミュニティーの中に浸透し、格差社会を広げようとしている時、人々のコラボレーションとシェアーはそうした資本に対抗しうる方法でもあり、同時に人々の共鳴と信頼、連帯のネットワークを創造できる方法でもある。
http://www.share-biz.jp/

ローカル、ナショナル、グローバル
連帯経済のさまざまな形態を地域社会の中に埋め込み循環型コミュニティーを創造することがコミュニティー復興のひとつの鍵なのだが、しかし孤立したコミュニティーは創造力を枯渇させてしまう。他のコミュニティーや国家レベル、グローバルレベルでの情報や人や資源の流通こそ、多くのアイディアの源泉になる。すでに全国レベルでは、コミュニティー間での情報・アイディアの交換は活発に行われているのだ。そして、グローバルなレベルでの情報やアイディアの交換もすでに継続的に行われる時代に入った。
http://solidarityeconomy.web.fc2.com/world/090518uchida.html

一九九七年には、「ケベック連帯経済グループ」が中心となって「連帯経済を推進するインターコンチネンタルネットワーク(RIPESS)」を立ち上げ、現在では世界60の連帯経済グループとネットワークが参加している」。1998年には「ラテンアメリカ連帯経済ネットワーク」が結成された。2001年には「連帯社会経済のグローバルネットワーク(WSSE)」も誕生している。すでに大陸である南米や北米、ヨーロッパでは連帯経済間での交流は頻繁になされているようだ。
http://www.jca.apc.org/~kitazawa/undercurrent/2006/what_is_solidary_economy_2006.htm

私たちは、小規模分散的な循環型コミュニティー復興を、ローカルレベルでの創造的コミュニティーをベースにしながら、ローカル間での情報交換や経験交流、交易だけでなく、グローバルなレベルでの情報や経験を視野に入れて思い描いていく時代に入っている。
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