遊学の森トラスト

遊学の森トラスト in 安房鴨川

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5月3日田植えレポート①『米を食う、その行為と豊かさの象徴から』

『米を食う、その行為と豊かさの象徴から』      下地敏史


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 那覇空港から飛行機で2時間30分、東京の羽田空港へ降り立つ。
同じ時間で、那覇から本島北部の東村へ車で移動することができる。
さらに、東京宿から、千葉県鴨川へ電車で移動するとほぼ同程度の時間を要する。

 空間を越えてさらに想像力を逞しくすると(ささやかではあるけれど)
今、この瞬間に無数の営みが繰り広げられていて、
飢餓、戦争、愛、喜び、絶望、希望、
そんなものが極寒の地や灼熱の大地、或いは長閑な田園で一秒一秒刻まれている。

 僕は、そんな途方もないことを稲の苗を水田にゆっくり沈めながら考えた。
世界に対して余りにも無力だけれど、
目の前の苗が規則正しく配列されていくのを見ていると、
不思議と指先から実感として伝わってきた。

 学生として、東京に出てきてまだ日は浅いが、
縁あって古本屋の主とその仲間達と共に鴨川へ、
2泊3日の田植え体験ツアーに出た。
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 宿泊先は、古本屋の主(蛭田葵さん)と親交の深い、
田中正治さんとそのパートナー、阿部さんのお宅。
首都高の混雑で到着にかなり遅れてしまい、夜の11時を優に過ぎていた。
それにも関わらず、お二人は熱いお茶
(特にドクダミのお茶は、後味がほんのり甘く旨かった)
とお菓子を用意して待っていてくれたのはありがたかった。

 深夜の訪問で恐縮しながら小さく頭を下げた僕は、
田中さんと阿部さんの表情に見とれてしまった。
人の皺には、巨木の年輪のように無言の説得力があるとお二人を見て感じたからだ。

 田中さんの喋り口が関西弁であることから、
鴨川に移住してきたことはすぐに分かったが、
僕は、ただ“田植えを経験できる”という
目の前の人参を追いかけてトコトコついて来ただけなので、
田中さんや阿部さんの素性は何一つ知らなかったし、
正直東京に帰宅した現在も詳細は知らない。

 しかし、その皺が僕に語ってくれた。
絶望と希望、理想と現実、相反すると思われる様々な状況を歩き続けた結果、
深く刻まれた皺一つ一つに「苦労」という言葉では表象しきれない信念を。
ぬくぬくと育った僕には、形容することすらおこがましいと思う。

 無駄な脂肪は一切無く、田を耕し、道を歩くために必要な分だけの筋肉と、
少々のウイルスは簡単に弾き返す、輝く皮膚。
それはまるで、日々肉体と語り合う年老いたダンサーのように美しかった。

 笑顔には、少し影がある。それは、言葉を投げかけた僕を一瞬立ち止まらせる。
「その言葉は、君のオリジナル?」
と反されているようで、一々自分の過去や影響されてきた事物と向き合うことになる。

 東京の自然食を扱う店に立ち寄ると、南瓜が一つ千円を越え、
大根やその他の葉野菜なども、学生の僕には手が出ない高価格で、
見るからにセレブの奥様方が籠一杯に買って帰るのを
恨めしそうに指を咥えて見ているしかなかったが、
鴨川では、無農薬のお米や、裏山の野草をいただくことができた。
そして、その味は言うまでも無く格別だ。
蛙が鳴き、蚊が飛び、鳥が巣を作る。その合間を間借りして、
人は食べ物を作ることの許しを得る。
人と自然とは、戦う相手ですら無いのかもしれない。

 僕は夕方になると決まって脱力感に襲われた。
おそらく、僅かな僕の知恵や体力が山風に吸い取られたのだろう。
いかに、反自然的な生活を送って来たかを痛感させられた。
一方、滞在中出会った人全てが、生き生きとしていた。

 子供達は、鶏に餌をやり、火と触れ合う。
雨は雨として感じ、風は風として感じ、寒さは寒さとして感じる。

 物質的なフィルターを排除していくと、人はこうも輝いていくのかと、
まだあどけない子供にも感動した。
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 僕は思う。豊かさの象徴がお金である時代は、まもなく終わると。
翻ってそれは自然と対話できる人が生き残ることを指している。

 以前、湾岸戦争が起きたとき、
油にまみれて羽をばたつかせ息絶えた多くの海鳥の映像が流された。
あれは、僕かもしれない。

 豊かさという油にまみれて、息絶える姿が重なる。
両者の違いは、海鳥は完全に被害者であることだけだ。

 僕はせめて、生きるという行為が
あらゆる存在の搾取の上に成り立っていることを受け止め、
一つでも負荷を減らす努力をしていきたい。

 それは、希望ではなく義務だ。
結局、些細なことしか僕には出来ないのだから。

 出発の朝、朝食を済ませ、田中さんと阿部さんにお礼をいい、
食べ終わった食器を台所に運んだ。流し台には、
手作りのスポンジ(毛糸のようなもので出来ていたから正確にはスポンジではない)
が二つあった。
 そして、もちろん洗剤はなかった。
 僕の部屋には合成洗剤が出番を待っているというのに。

僕に出来ることはささやかではあるけれど、どうやら星の数ほどがありそうだ。
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